2005年12月02日

荀攸公達

長剣を高々と掲げた右手が、荀攸の策に落ち混乱の極みに陥っている文醜軍の方向に振り下ろされた。
「今ぞ!われに続け!」
随行していた騎兵たちが一瞬耳を疑う。
「公達さま!」
戦袍に銀鎧を着けているとはいえ、まさか謀将と思っていた荀攸が先陣をとるとは誰も思ってはいなかったのだ。
あわてて追いすがる将兵達を率い、荀公達は颯爽と文醜隊に突入していった。
(あの時、私は一度命を失ったも同じ、人間なかなか二度は死ねぬものよ。)
「期を逃すな!蹴散らせ!」
荀攸の剣が指し示す先に、まさに孤軍奮闘する文醜の姿があった。

・・・・・・・・・・・・・

 初平元年(190年)黄門侍郎であった荀攸は、儀郎の鄭泰等とともに董卓暗殺を図ったが、密告により露見した。
 ところが投獄された荀攸は、不思議なことに獄死させられる(当時は獄中で毒殺させるというのが日常的に行われていた。)事も無く、ただ長く止め置かれることになった。
 同じ罪状で投獄された何〔禺頁〕などは怯えて心を病み発作的に自殺したのだが荀攸は泰然自若であったと伝えられる。
 「ふう・・・、牢というところはこれほど冷えるところであったかよ・・・。」
 瞑目する荀攸の牢の前に、およそ似つかわしくない男が立っていた。
「董仲穎様、ですか。・・・」
「お前はやはり、太師とは呼んでくれぬか。まあ良い、お前と君主論を戦わすほどわしも暇ではないわ。」
荀攸はこれで自分の運命は定まったと考えた。
「私は消えねばなりませんな。」
「何を言うか。人一倍生きんとしている者が。」
董卓の笑い声が暗い牢内に響くと荀攸も不思議と笑いたい気分になってきた。
 「誇り」とか、「恥」とかの話になればとうに自分は「誇り高き死」を選択せねばならないはずなのだが、寒さに身体を丸めても生きようとしている。確かにそうだ・・・
「わしはお前を殺さんよ。」
「何故?」
「そう決めた。」
子供っぽい表現が荀攸の心に小骨のように刺さる。
「わしは常に正しい。それで良い。だからお前を殺さぬと決めた事も正しい。」
「ただここで朽ち果てさせまするか。」
いやいや・・・と首を振りながら董卓は答える
「わしは、お前を臣に迎えたかった。お前のように知略、軍略に優れたものを我が配下に是非欲しかったのだ。そんな傑物を惜しいと思う者はわしだけではあるまいよ・・・。」
「過分なるお言葉かと・・・・」
「お前が求められる者なら、わしがいかなる手を尽くそうと生き延び天下を動かす仕事をするだろうて。」
くるりと踵を返しながら、董卓は厚地の衣を牢内に放った。
「これを着ておれ、風邪などで死なれたとあってはわしの名にキズがつく。」
「遠慮なく・・・」
己が身体を重そうに運ぶ後姿に、思わず最も嫌っていたはずの言葉が口をついた
「董太師・・・」
立ち止まり、長い長いため息、そして・・・
「この度ばかりは、己が目が節穴であって欲しいがな・・・」
荀攸は、この時不覚にも董卓に惹かれた。自分の予想外の心の動きを少々もてあましていた。
 そんな心の動きを知ってか知らずか、董卓の後姿は闇に消えた。
 荀攸が見た董卓の最後の姿は、その大きくも虚しい背中であった。
 董卓が呂布に斬られ、長安を離れる荀攸の心に何が去来したかはわからない・・・。
 ただ完全に王朝、政治から隠れてしまおうというような動きをみると、確かに一度死んだようなものなのかも知れない。

           ・・・・・・・・・・・・・
 
 白馬で顔良を打ち破った帰途、曹操軍は再び袁紹軍と遭遇した。
「敵将、文醜殿!」
 あれだけてこずった顔良に勝るとも劣らない猛将である。
 荀攸以外の将は退却することを主張したが荀攸のみが退却に反対した。
「これは敵を捕まえる餌です。ここで退却してはなりません。」
「しかし公達殿、その餌が食い尽くされたらいかがなさる。」
何か言いかけた荀攸は曹操の顔をみてにやりと笑った。
「殿。わが隊にお任せを。」
「任せよう。」
曹操の答えは簡単である。
「皆、荀公達の策に従うがよい!」
 そして、その後
「輜重隊は最後尾に」
「それでは襲われまする。」
「襲われてもらわねば困る。そして襲われたら惜しまず逃げていただきたい。」
「わかりもうした。」
不服そうな輜重隊の将に荀攸は
「このたびの策、あなた方の役目の重さが九分です。」
「残りの一分は?」
「それは私どもが敵を殲滅すること。」
不敵なまでの自信を荀攸から感じた輜重隊長は作戦の成功を信じた。
 輜重隊に追いついた文醜隊は本隊追撃そっちのけで輜重を襲い始めた。
 陣形が崩れ、部隊が有機的な動きをとれないのを見てとった荀攸は右手に長剣を高々と掲げ、混乱の極みに陥っている文醜軍の方向に振り下ろした。
「今ぞ!われに続け!」
随行していた騎兵たちが一瞬耳を疑う。
「公達さま!」
戦袍に銀鎧を着けているとはいえ、まさか謀将と思っていた荀攸が先陣をとるとは誰も思ってはいなかったのだ。
あわてて追いすがる将兵達を率い、荀公達は颯爽と文醜隊に突入していった。
 「期を逃すな!蹴散らせ!」
荀攸の剣が指し示す先に、まさに孤軍奮闘する文醜の姿があった。
 文醜はさすがに練磨の猛将である、包囲を突き破ろうと戟を旋回させ、孤立無援になりながらも奮戦を続けていた。
 「歩兵どもは退けい!あとは騎兵に任せよ!」
 叫びながら突進して行く荀攸を歩兵達は呆気にとられて見送った。
「文醜殿!見参!曹孟徳が臣、荀公達お相手申す!」
次の瞬間、戟と長剣が火花を散らせた。
 実は驚いたのは荀攸隊の諸将であった。
 「あの文醜」と互角に渉りあっているのは、およそ武勇のにおいがしない、そんな男であったからだ。
「大将に続け!」
「公達様をお助けせよ!」
将達の勢いも戦意も自然荀攸隊が上になるのは当然といえた。
 何合かの後・・・
「・・・・見事・・・・。」
文醜の体は馬上から落ち、荀攸は血刀を掲げ叫んだ。
「文醜殿は討ち取った!命を無駄にするでない!降る者の命まではとらぬ故、武器を捨てよ!」
敗走した文醜隊の生き残り達は「謀将 荀公達」は知ってはいた。が、まさか「あの」文醜を討ち取れるほどの武勇を持った謀将がいるとはとても信じられず。
「文醜は荀攸隊に押し包まれて殺された。」
と信じたかったようである。
 その後、荀攸は官渡における勝利を決定つける献策を数多くなしている。
 曹孟徳が愛したのは、その知謀ではなく、それを己が手で実行に移せる武勇であったのかも知れない。
 「我が生涯、すでに余生。惜しむ命も知恵もございません。」



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posted by 羅許粛 at 19:35| Comment(43) | TrackBack(0) | 三国志人物譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

郭嘉奉孝

「奉孝殿、よろしいか?」
振り向いたその端正な眉根がわずかにひそめられた。
「何か?お急ぎのご用ですかな?長文殿」
わざと、芝居がかった返事をしたのに気づいたのか陳羣は少々憮然としたがそれでも、いつも通りの実務者然とした態度で郭嘉に近づいてきた。
「実は・・・」
珍しく話しにくそうである。
「丞相にこのような上奏をしようと考えておるのです。」
陳羣の性格そのままのような上奏文の草稿を渡された。
「私にどうせよと?」
「まずは、あなたに読んでいただかねば、これ以降の話ができませぬ。」
どうにも分からぬといった顔でそれを読み始めた郭嘉の顔が、一瞬蒼ざめそして次の瞬間にその場に転げまわるのでは?と思うくらいの大爆笑へと変化した。
「奉孝殿・・・・。」
「いや・・・、クククク・・・、これは失礼。」
まだ笑い足りぬ、といった表情で郭嘉が答える。
「私の素行が悪いという上奏を、私自身に確認させるとは長文殿もなかなかお人が悪い・・・、クククク・・・・。」
「貴方様の『千里眼』をもってすれば、その意図お分かりいただけましょう?」
郭嘉の目が全く笑っていないことに陳羣は気づいていた。
 郭嘉奉孝という男を陳羣は畏れていた。
 あまりにも怜悧な戦略眼が、実は陳羣には理解不能な世界なのだ。
 荀[或〃]の才は、到らぬまでも陳羣の理解の範疇であり、曹洪、夏侯惇、夏侯淵達は自分とは住む世界が違うと思えば何の違和感も無い。
 自分は内政に手腕を振るうことを目的に丞相に仕えているのだから、郭奉孝のような戦略家とは本来接点は無いし、無くても構わぬと思うのだが・・・・
(丞相の御傍に置いて、危険は無いのか?)
袁紹の元に客(かく)として招かれながら、あっさりと曹操に鞍替えし、如何に荀[或〃]の推挙とはいえ、すんなりと戯志才の後釜に座ったこの男。
 陳羣にとっては警戒の対象以外の何者でもない。ただ・・・・
「このような言葉、意味もありますまいが・・・・。奉孝殿、私は貴方様を嫌っているわけではありません。」
「ふむ」
笑いを納め、いつもの怜悧でありながら無頼の表情に戻った郭嘉が少し微笑んだ。
「私とて、丞相の帷幕の方々を誰一人嫌った事などありません。皆様が私に好意をもっていてくださるなどと、思い上がってはおりませんがね。」
「それでは・・・」
「この上奏、そのままなさればよろしいかと・・・」
「ありがとうございます。」
「なんの、礼をされることではございません。この上奏はいたって当然のこと。
 私のように勝手気ままな振る舞いを公平に諌める方が、丞相様の帷幕に一人もいないとなれば、帝の周囲の喧しい連中が何を言い出すやら分かったものでもない。
 丞相様の立場を危うくもしかねぬ、と長文殿はお考えなのでしょう?」
「もう一つは・・・」
「貴方と私が、不仲であると帝の側近供に見せておきたい。」
「・・・・・さすがですな。」
 漢皇室の取り巻きにとって、曹操は目の上のコブ以外の何物でもない。
 その帷幕も才能にあふれる人材が続々と集結してくるため、側近達は曹操及びその幕僚達の一挙手一投足を息を潜めて伺っている。
 ここで、参謀の郭嘉と内政の陳羣が「不仲」である、という姿が帝の御前で示されれば、少なくとも一部の世間知らずの側近連中は欺けるし、曹操陣営は「一枚岩」ではない、と思わせることができる。ということである。
「丞相はいかがお考えになりましょうか?」
「あの方のお考えは・・・、長文殿はお褒めをいただくでしょうな。」
「奉孝殿は?」
「さてさて・・・」
口元だけが笑いの形に変わる。
 陳羣にとっては、それで十分である。
 丞相の頭脳を最も理解しているのはこの男なのだ。
「ところで・・・。」
話しにくそうに陳羣が切り出した。
「非常につまらぬ事を伺ってよろしいか?」
「なんなりと。」
「奉孝殿は・・・・、何故、ああも次々と女人と騒動を起こされるのか・・・・。
 私のような者には、どうにも・・・」
頭を振り振り問うてしまってから,しまった、と思った。誰にも触れてはならぬ領域があるのに無遠慮に踏み込んでしまったのではないか、と・・・・
 目を上げると、微笑を浮かべた郭嘉の顔があった
「さよう・・・・
 女人を口説くのも、戦略に頭を使うのも私にとっては同じ事・・・・、とでも申し上げればよろしいかな。
 女人の想いを私に向けさせる時、ありとあらゆる可能性を探ります。そしてそれに応じた対策を何通りも考えておく。さすれば間違いなく女人は我が胸に落ちる・・・
 ・・・・と、これは失礼、自慢話に聞こえましたか。」
何と言うことか、と陳羣は驚いた。
 女人を落とす事と、国の戦略を同じ次元で思考しているとは・・・
 この男は間違いなく神に愛されている。
 陳羣はそう確信した。
 そして、神に愛された者は人並みな者よりも早くにこの世から消えていくことも・・・
 
 その後、郭嘉の行状を責める讒訴が曹操に、陳羣の手によって上奏された。
 曹操は郭嘉の才を愛するものとして、これをあえて責めなかったが、陳羣の態度もまた
「平等、正義なる判断を下すものである。」
と褒めたと言われる。
posted by 羅許粛 at 14:04| Comment(0) | TrackBack(1) | 三国志人物譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月05日

賈[言羽]文和

何故私は、この人の幕僚にいるのだろうか?この疑問には未だに明確な答えが得られないでいる。
張繍の怒りに同調したとはいえ、この男、曹操孟徳を暗殺する計を立てたのは間違いなく私なのだ。
もう一手を打てていれば、そうあの息子がおのれを犠牲にするところまで読めていれば・・・・
しかし、私にはそれは読めなかった。
遥かかなたへ走り去る姿を見送るしかなかった。
「悪来と曹昂は討ちとった、上々ではないか、あの色情狂も追い出したのだ。主の知謀やはり恐ろしいは」
無邪気に喜ぶ張繍がなんとも鬱陶しい、そんな思いにかられた。
我が策は成らなかったのだ。あの策は「曹孟徳」を討ちとるための策であったのだ!
「何が足りなかった・・・」
自問自答を繰り返したが、結局答えは得られなかった。
 利害のみを考えて、私は曹操に下った。
 ただ、その場で斬られる事も当然覚悟はした。何しろ私は、息子を殺し、
己を絶体絶命の死地に追い込んだ男なのだ。
「賈文和というそうだな」
「・・・・・・・・・」
「人の心が読んで策を練るそうだが?今の私の心も推し量る事はできるかな?」
「貴方様のお命を狙いましたが討ち損じました。我が策はすでに破れております。」
「我が子、昂を討ち、典韋を討っただけでは足りぬと?」
 目を見たいと思った。
 今、文和は降将の嗜みとして目を伏せている。曹操の声は頭の上から降ってくる格好であるから、
表情を読むことができない。それが歯がゆかった。
「拝顔する無礼を・・・・」
「構わぬ、お前の無礼は今に始まった事でもあるまい。」
思わず破顔して、目を上げた。
 曹操は笑っていた。
(とても敵わぬ・・・・)
理屈や学問、戦略、個々の分野ならいくらでも打ち負かせる自信はあったが・・・・
(私は、この問いに笑って答えられる余裕はあるまい・・・)
と同時に、
(人間を読まれたのは、私の方ではないのか?)
そんな気にさえなってきた。
「私は、いかがなりましょうか?」
面倒になった。早いところ処分して欲しいとさえ思った、敗北感に背中を焼かれる思いだった。
「私に仕えれば良い。」
「?」
「その知略、我がために使えばそれでよい。」
「いつ裏切るやも知れませんぞ?」
「それなら、自分がそこまでの器であったということよ。」
曹操はそれだけ言うとサッと立ち上がり悠然と退室していった。

          **************************************

 そこまで思い出したとき、己が軍議の席にいた事を思い出させる声が降ってきた。
「文和、お前の意見は?」
曹操の声は、あの時と同じだった・・・・・
 そうなのだ、曹操の心は読めぬが、袁紹達の動きを読むことなど私には容易い。
(クククク・・・・、楽しいな、やはり謀は・・・・)
 曹操軍、稀代の参謀 賈[言羽]文和の誕生
 それは、袁紹が官渡で決定的な敗北を喫した、その日で有ったかもしれない。

posted by 羅許粛 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 三国志人物譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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